母校で講演会 変わりゆくものと変わらないもの

今年何回目かの新幹線に乗った。

今日は講演会を行いに自分の出身高校に戻る予定である。4年前に成人式か何かで行った時は、遠いしもう一生行かないだろうと思っていたが、ふと行く機会ができてしまった。

最近はただでさえ忙しく、もちろん仕事と研究はやらなければならないし、6月の土曜は授業があったし、7月は授業レポートの締め切りと中間発表へのプレッシャーが差し迫っていたのもあって、正直50分程度の講演資料作成を行うのは自分のキャパにかなり堪えるなと思った。

でも、この講演を受けた。自分がこの種の講演会に非常にお世話になった自覚があり、次は自分がその恩恵を与える側として誰かの役に立ちたかった。

講演会で何をどのように喋るかはかなり悩ましい問題であった。こういう内容で喋ってくださいというテーマはもちろん与えられるのだが、それを喋るにしても色々な側面からの切り口があり、中々定まらなかった。

過去に後輩へアドバイスのようなものを複数回したことがある。頼まれてしたこともあるし、お節介だっただろうなと思うようなものもある。思い返すと偏った見方で物事を偉そうに語ったことがあった気がしたり、大学のネガティブな側面を多く見せてしまったりしたことがあった気がしたり、当時のことを思い出すととても恥ずかしい。後輩たちは賢いのできっと正しく判断したであろうと信じているが、その節は非常に申し訳なく思っている。

今回はそうならないように最善の注意を払いたいと思い、なるべく押し付けがましくないような内容に、そして理想的すぎず現実的すぎない内容にしたつもりである。

もちろんメインは講演をすることであるが、校舎を拝み、自分がそこに入るというのもかなり楽しみである。6年間通い詰めたはずの景色はどう見えるのだろうか。正門、校舎、食堂、体育館、校庭、テニスコート、いろんな場所にいろんな思い出が詰まっているはずで、そんな場所に足を運んでみたい。あの時の楽しかった記憶も辛かった記憶も戻ってきそうな気がして、なんだか不思議な気持ちである。

そして、講演が終わったら、当時その校舎で出会った人に会いに行く。

登校時に朝の電車で隣の席に座っていたあの頃と比べると、僕もその人も時の流れの中でかなり変わったものだなと思う。そんな人が変わってしまうくらいに果てしない時間が流れても、その人の変わったもの・変わらないものは共に、変わりゆく僕をいつも魅了し、現に今日もいつも通り素敵な時間を過ごさせてくれるのだろうと思わせる。

時代は素早く移ろい、変わったものはたくさんあるけれども、遥か昔のある日からその人は僕にとってずっと変わらずとても大事な人で、きっとその事実はこれから何が起きても変わることはないだろうなと思っている。そんな貴重な「変わらないもの」を大切にして生きていきたいと思う今日この頃である。

以上ポエムでした。講演頑張ります。

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