ある夏の試合(ダブルス編)

最近は、コロナもあって新しい思い出が少なくなり、過去を省みることが多い。そんな中、よく思い出すのはテニスをしていた頃の話だ。もう5, 6年前の話だが、本当に鮮明に覚えているものである。なぜ覚えているのだろうか。なぜ思い出すのだろうか。人間とは不思議なものだ。

ああ、もうこんなに前書きを書いてしまった。

小説らしく、「それはある夏のことだった」のような書き出しで始めようかと思ったが、なんだか恥ずかしい。

とはいえ、いつまでもこんな前書きを書くわけにはいかないので本題に入ろうと思う。

私が書くのは文学作品のようなものではない。自分が自分のために備忘録として書く、ある夏の物語である。

時は、2014年の夏に遡る。

高校一年生の僕は、炎天下の中、地元から遥々2時間ほどかけて、奈良の明日香コートに来ていた。

今日は、学校から何人かが選抜されて、そのメンバーのみが出場する大会だった。先輩の枠を押して出ているので、中途半端な負け試合はしてはならない。そんなプレッシャーを感じながら、ダブルスのペアと試合前のアップをしていた。

今日のダブルスのペアはいつも組んでる人と違う人だった。

今日のペアは堅実なテニスをする。まともな真剣勝負をしたことこそなかったが、僕よりも上手い。クールなやつだが、やる時はやる。彼がこの試合にかけてる思いは、夏休みの練習を見ていればわかる。絶対に迷惑をかけてはならないと思っていた。

試合会場に入った。コートが広く感じ、相手が大きく見える。横で打ってる球のスピードが遅く感じ、こんなやつだったら勝てるのにと思ったりする。テニスの試合前は、大体こんなものだ。

大体の巷のテニスの試合というのはサーブの練習を4球行ってから開始する。

自分たちからサーブを練習した。まずまずの出来だった。ペアとも顔を見合わせ少し話をする。適当な話でも、少し話をするだけで、肩の力が抜けたりする。ダブルスとはそんなものだ。

相手がサーブを打った。一瞬、言葉を失った。ペアも言葉を失っていたと思う。相手の方は何やら余裕そうな顔をしているように見えた。

テニスというのは、サーブを見れば大体の実力がわかるものだ。相手は何枚も自分たちより格上だった。

試合前から負けを想像するのはスポーツマンとしてどうかと思うという話がある。僕たちは負けを想像したわけではない。最後まで諦めないのは絶対だ。たとえ、0-5になろうがそこから何かがきっかけで勝てる試合もある。

しかし、実力差というのは素直に受け止めなければならない。このまま何も起こらなければ負ける可能性が高いのである。実力差を感じた時は、感じた時なりの戦い方というものがある。いつも通りのテニスをするのではなく、いつもよりも試行錯誤をしながら闘う。練習でしていないことをするというわけではない。練習で行ったことを組み合わせ、相手の動きの観察に頭を使い、相手の弱点を早く見抜く。

だが、現実はそう甘くなく、最初の3ゲームを取られた。「最初の3ゲームを取られた時に、そのセットを取られる確率は〜%である、」みたいな本を読んだことがある。試合中こんなことを考えるのはよくないが、事実として受け止めるべきである。要するに、このままいけば負ける可能性が高いということだ。

だが、僕はあることを見抜いていた。

相手のサーブが速いのにもかかわらず、相手のボレーの反応が遅かったのだ。最初の3ゲームで、間違えて(というかできなくて)、相手のボレー目掛けて打ち返してしまったことがあった。テニスではあまり行われない行為である。そんな偶然から、こういった隙が見えてくるのである。観察は大切だ。

また、相手の1人のサーブの調子が悪かった。相手のペアに引目を感じていたようである。ボレーのミスでポイントを落としてしまうと、すごくプレッシャーになってしまうものである。相手の弱点はここにある、僕はそう確信した。

ペアと情報を共有し、共に必死にボールに食らいついたことで、試合はタイブレークまでもつれ込んだ。初めからは想像もできないほどの試合のもつれ具合である。相手にも自分たちにも知らぬ間に多数の応援が駆けつけていた。その時間帯で一番盛り上がる試合を自分たちが行っていた。ポイントごとに歓声が湧く。そして、歓声に答えるように、ポイントごとに僕たちも吠える。相手を威嚇するためではない、自分たちを奮い立たせるためである。

タイブレークの7-6、あと一ポイント取れば勝ちという場面。僕がリターンだった。

相手がサーブを打った。

「浅い!」、僕はそう思って前に走った。

そのボールはネットにかかった。

勝ったのだった。相手のミスを喜ぶのはマナー違反であるが、その時ばかりはペアと一緒に喜んでしまった。

相手の最後のスピンサーブは、ダブルフォルトを恐れたあまり、回転ばかりがかかり、前に押す力が足りなかったのでネットにかかったのである。

気持ちで勝った。僕はそう思った。

試合が終わって挨拶をしコートを出た僕らに、肩を組んできた同級生がいた。

冗談まじりに彼はこう言った、

「なんや、負けへんのかい」

彼の声は、かれていた。

思えば、2014年の夏はひたすらにテニスをしていた。

練習環境はよくなかったけれど、毎日のように部活だった。

この試合で自信を持ってラケットを触れたのは、最後まで勝利を信じれたのは、日々の鍛錬のおかげであったと私は思っている。

この試合に勝てたのは、今でも私の誇りの一つであるし、自信の源でもある。

いつかテニスを通して学んだことを真面目に書きたいなぁと思った次第である。

タイトルに(ダブルス編)を付け加えることにした。

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